七十二候 第55番 · 10月8日 – 10月12日
鴻雁来
Kōgan kitaru · Wild geese arrive from the north
シベリアからの雁が隊列を組んで渡来し、その鳴き声が秋の深まりを告げる頃、野には寒露が降りる。
夜明け前の静寂を破って、遠くから雁の声が降りてくる。薄闇の中をV字に連なる影が、東雲の淡い紅に翼を染めながら、葦の茂る湿地へと降下していく。空気は透き通り、肌に触れる冷気には、秋が確かに深まったことを知らせる重みがある。
自然便り
シベリアから渡ってきた雁が、各地の湖沼や干潟に姿を見せ始める。水面には朝露が真珠のように光り、その上を渡る雁の声が響く。河川敷ではコスモスが満開を迎え、名残の金木犀の香りを含んだ風に花弁を揺らしている。刈り入れの進む田んぼには、やがて雁が餌を求めて降り立つだろう。
旬
果物
柿
花梨
むかご
山葡萄
野菜
銀杏
里芋
しめじ
春菊
魚
鰆
カワハギ
鮃
食卓
鴨南蛮蕎麦
渡り鳥の季節にふさわしく、鴨肉と長葱を温かい蕎麦に仕立て、身体の芯から温まる一杯。
鮃の昆布締め
秋の冷たい海で身が締まった鮃を昆布で挟み、旨味を凝縮させた繊細な刺身。
むかごご飯
山芋の小さな実を炊き込んだご飯は、野山の滋味をそのまま味わえる素朴な秋の味。
柿のなめろう
熟した柿を味噌と生姜で和えた意外な一品、甘さと塩味の妙を楽しむ。
文化便り
雁の渡来は、古来より秋の深まりを告げる確かな便りとされてきた。『万葉集』や『古今集』では、雁は彼岸と此岸を行き来する使者として詠まれ、亡き人への思いを託す鳥でもあった。農家はかつて雁の初鳴きを聞いて、霜の前に済ませるべき仕事を急いだという。
雁の声遠き湖面に波紋かな
kari no koe / tōki komen ni / hamon kana
wild goose calls — / across the distant lake / ripples spread
暮れなずむ空を見上げれば、南へ向かう雁の列がゆっくりと消えていく——その先に、冬の気配がかすかに滲んでいる。